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乱筆失礼 2007 | |
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近年肩こりがひどく、何とかならないかと思い、首まで風呂に浸かったり、湿布や消炎剤のローションを塗ったりしてみた。ところがいっこうに改善しないので、原因についてすこし考えてみた。本の読み過ぎか?ネットのやり過ぎか?はたまた、老眼が出てきたせいか?しかし、どれも思い当たるほどではない。結論は、カルテその他の書類で文字をたくさん書いているためではないかということだ。週の半ばから土曜日にかけて徐々にこりと痛みが出て、週末には和らぎ、翌週明けから再度同じ症状を繰り返すからだ。また、多忙な冬に悪化することもこの説の裏付けとなった。自分の仕事ぶりを振り返ってみると、診察もするがほとんどの時間を患者さんと話をしながらペンを動かしていることに気づいた。何とか仕事ぶりを変えなければ、いつか手がしびれて動かなくなるのではという恐怖が頭をよぎったが、いかんともしがたい。ちょうど医療事務用のコンピューターを入れ替える時期だったので、この際ボールペンとはおさらばして、電子カルテにしたら肩こりが取れるのではと名案が浮かんだ。
そこでまずは、様々な電子カルテを調べてみた。各社ともに甲乙つけがたく10年前と比べると大進歩しているようであった。導入すれば、ごちゃごちゃしている受付周りやカルテ庫と化している自分の部屋がスッキリするかも。そして、診療も能率よく進み毎月の保険請求も簡単になるかも。そんなことを思い浮かべながら一人にやにやしてみたが、直後にいくつかの疑念が浮かび上がってきた。同じことの繰り返しが得意なコンピューターではあるが、変更点が多い仕事をするとかえって手間がかかるのではないか?世は医療もオーダーメイドの時代、変更の手間を面倒くさがるとワンパターン診療になってしまうのではないか?診察をするとき患者さんを観察しながら行っていたカルテ書きから、常にモニター画面を見ながらの診察になると、観察不足で診療レベルが落ちるのではないか?また、よそ見をして喋っているのは相手に失礼ではないだろうか?そして、自分でキーを打ち続けると益々肩がこるのではないかという、何よりも本質的な疑念だった。いつも患者さんと話をしながら過去のカルテや血液データーをざっと見ていたが、この一覧性にも弱い。「大丈夫かなと、電子カルテに対して?」と、不安がよぎった時、『経済原論』に書かれていた比較優位論の話を思い出した。たとえ医師がキーボードを打つのが診療所内で一番速くても、けっして打っていてはいけないということ。キーボードは事務さんにまかせ、私は私にしかできない診療に専念すべきだという話だ。もちろんナースはナースの仕事をキッチリこなす。各自最も得意な仕事に特化して役割分担をした方が、全体でより生産性の高い仕事ができると言う理論だ。そして極めつけは、電子カルテ先進国アメリカでもあまりの使いにくさに、医師を含む医療関係者が病院側に電子カルテのボイコットを起こしているらしいという雑誌の記事を読んだことだ。このあたりで最初の幻想が翳りをみせ、結局また紙のカルテを使い続けることにした。
今までと同じ仕事のやり方でよいので気は楽になったが、残念ながらこの冬も肩こりは悪化傾向だ。しかし冷静に考えてよい選択をしたと思っている。カルテは考える道具なので、ザッと見返すだけで本当に多くの情報を瞬時に取り出すことができる。紙のカルテならではの利点だ。5年前にその患者さんがどんなカゼで来院したのか。また、それに対して私の治療が有効であったかどうか。何人かのカルテをまとめて振り返ると、数年前にAという病気を自分はどう捉えて診療していたかなどもわかり、現在との違いに驚く場面もある。こんなに重宝している紙のカルテを政府はわれわれに捨てさせて、電子カルテへ追い立てようとしている。かつてITをアイテーと読んで失笑を買った首相がいたが、医療の質を劣化させるこの政策誘導は、まさにアイテー化の真骨頂だ。ただ一つ私のカルテにも弱点がある。それは、よそ行きではないので見るも無惨な字で書き殴られていることだ。自分で見返すと、こんな字をよくまあ職員さん達が読んでくれていると書いた張本人が呆れるほどだ。このように他人に見せる気が起こらない私のカルテではあるが、“乱筆失礼”と職員の皆さんにわびながら引き続き考える道具として大切にしていくつもりだ。
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