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歩くということ  (神蔵掲載のエッセイ)    2002/5/2

歩くということ

  生活習慣病の対策が叫ばれている昨今、患者さんに歩くことを勧めているくせに、歩く機会の少ないお医者さんが多いと思われる。私自身も、ジョギングこそはすれども、歩くのは、昼食を食べに出る時ぐらいである。お陰でジョギングをサボりがちな冬に体重が増え、春以降の減量に毎年苦労している。そこで、この正月の2日に、餅腹解消を兼ねて三浦半島を横断するハイキングに出かけた。
 京急安針塚駅から、塚山公園に登り、横浜横須賀道路を横切り、葉山国際カントリークラブを右に見ながら三浦半島最高峰の大楠山に登って、秋谷側に下りるコースである。途中路線バスが運行されている道路を1キロ近く歩くので、どこかでスナックを手に入れればよいとなんの用意もせずに出かけたが、いきなり準備不足を思い知らされた。改札口近くのスーパーマーケットはまだ正月休みである。そのうちコンビニでもあるだろうと思って歩き始めたが、道は谷間に向けてどんどん細くなり、心細さも増してきた。いきなり急勾配にさしかかり万事休す。元気に先を急ぐ子供に、まだ登り口なのでゆっくり行くようになだめ、息せき切って遅れがちな家内を、頂上が見えているぞと励ましながら、25分くらい登ったところで急に空が開けてきた。塚山公園の頂上である。米軍の艦船、横須賀は観音崎、そして遠くにランドマークタワーを望み、スカッとした気分を味わえる丘であった。しかし、公園のパノラマ方位図によると、本日の目的地大楠山は、遙か向こうに見える。どうやら登ってきた公園よりずっと高いようだ。
 食べ物もないことだしバス通りに下りたが、開いている食堂や売店はおろか、コンビニすら見あたらない。やむを得ず、自販機でコーンポタージュを買って飲み、人心地がついた。予備のココアを一本ずつリュックに入れて、再び登りに入いる。そこは田舎道然としており、竹藪あり傾斜地の畑や農家風の建物ありで、日本の里山の原風景が残っていた。そんな、のんびりとした正月の田園も、横横道路の唐突な出現によって引き裂かれた。無機質な空気を後にすると、渓谷の小道に入り、登り切ったところで突然視界が開けゴルフ場の横に出た。気の早いゴルファーが2日というのにプレーをしており、ボールがこちらに飛んできやしないかと気が気ではなく、フェンス沿いの坂を一気に上った。そして、雑木林の中を進むと、強風が吹き込む切れ目に出て、山頂に達した。あまりの風の強さに、風よけの場所を探すと、20畳ほどのビューハウスがあった。ハウスのすぐ下に40年住んでいるという老婆に、チョコレートとカップ麺を出してもらって空腹を満たすと、太ももの筋肉までチョコレートの甘さとスープの温かさがしみ通るようであった。屋上の展望タワーに上ると、北はみなと未来から東京湾、東は房総半島、南は葉山から大島、西は江ノ島から湘南海岸そして伊豆半島の付け根には富士がそびえ、そこから360度の展望は独立峰ならではのものです。吹きっさらしの中、のんびり絶景を楽しむ余裕はありませんでしたが、それまでの疲れがすべてすっ飛んでしまうかのごとく、報われた気がしました。秋谷海岸までの下りは緩やかな林道で、落ち葉を踏みしめ、野イチゴをつまみながら、ハイキングの余韻を楽しみました。子供連れで4時間足らずのハイキングでしたが、三浦半島を横断 し、240mとはいえこのエリア最高峰を踏破したという満足感、山頂からのパノラマと富士の眺め、そして心地よい疲労感と、歩くことの喜びを再認識する一日でした。これで温泉とビールでもあればいうことなしですが、お年玉を握って来た息子との約束でトイザラスに向かい、野球のバットを土産とした。
 翌日、普段あまり使わない足の筋肉や足首に疲労感が残っていたが、テニスや水泳などの激しい運動に比べ、筋肉痛は感じなかった。単位時間あたりの運動量は少ないものの、歩行のゆっくりとした動作は筋肉にあまり負担をかけず、痛めることが少ないのだろう。また、歩きながら発見する小さな出来事、季節や空気の変化、風の様子は、自然と自分との距離を縮める。そして、様々なアイデアや想いなども廻っては去っていく。慌ただしい現代社会に埋もれ、コンピューターに囲まれながら身動きのとれない自分にとって、歩くという行為はひどく贅沢な時間の使い方だ。いままで若さにまかせて走ってばかりいたが、今年はひとつゆっくりと歩いてみよう。そんな年頭所感を覚えた。

           山口内科  山口 泰